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2009年6月20日 (土)

庭の喜び

●子猫の庭の、Gエンジェル・トランペットの伸びる勢いがすごい。この分だと、になるのもそう遠くなさそう。


某日、葉っぱの上にいたカマキリの赤ちゃんと、目が合った。


体調1cmほどの小さな体だったが、大きな眼をもつあの顔で見られた時のインパクトたるや!


そっと手を伸ばしたところ、薬指の先に乗ってくれて、その感触たるや!


Baby・kamaが私をどう認識してくれたのか?だが、青空の下、顔と顔を合わせて触れ合うという、単純明快なコミュニケーションの喜びを感じる。


ほか、葉裏のあちこちには、てんとう虫もへばりついていた。茎の上で上下動を繰り返すもいた。ひらひら、紋白蝶も飛んできたが、もちろん、この世界も「人間の目に」ウルワシイと思えるものだけ、やってくるのではない。


虫喰いだらけの葉っぱの下には、ムカデもいた。毛むくじゃらの足をスリスリする蠅もくれば、べちゃっ、と潰れたチョコレートのような、鳥の糞を張りつけた葉もあった。


そのすべてを見て、しみじみ思う。↓pinboke dakedo kodomotachi ga tukuttekureta oshibana dayo! F


(豊かだなぁ~)


やがて木になるだろう緑は、集まってくるものを追い払うことをしない。好きなように齧らせ、宿らせ、休ませ、風雨に打たれながら、ぐんぐん背丈を伸ばし、次々、花をつけては芳香を撒き散らし、終わった花の横で、これからの花を育てている。


植物は取引をしない。あるがままの姿をさらけ出し、水と空気を貰うだけで、私たちに山ほどのものを与えてくれている。


人間のココロが貧しいとしたら、きっと、その逆ばかりやっているからだな…



●ハーブ系の伸びにも目を見張る。あまりの増え方にラベンダーを刈るが、隣りのミントも伸びていたので香りが混じり、くらくらするほど爽やかな作業となる。


ラベンダー用の枕カバーも作成。干したラベンダーをぎっしりつめて眠る時の喜びたるや!

Jimi ジミー・ヘンドリックスはヤク浸けになってパープル・へイズを創ったが、私はナチュラル・ハイで<紫の夢>を見るノダ。




●この家に転居して庭いじりはじめた時、石だらけで地面が硬く、開墾に泣けた。でもある時、シャベルの先に、ころん、と別の感触が。


(なんだろう?)


土をぬぐってみると、キラッと光る、ビー玉が現れた!


きっと、向かいの家の子供たちが投げ入れたのだろう。ある時は5つ、ある時は7つ、透明の、水色の、黄色のビー玉が、あちこちから出てきて、見つけるたび、私もキラキラ心が躍った。


うん、ガラス玉だけじゃなく、ゴムボールまで出てきてね。その数、なんと91ケ!

Dscf0007_2 とてもじゃないけど捨てられず、全部洗って磨き、お気に入りのガラスの灰皿(煙草は吸わないけど、形がおもしろくて骨董屋で買った)に入れたら、ますます幸せな気分になって。


ハタと思う。


(天国って…きっとこういうものなのね…)





《 宝はすでに与えられているが、隠されている 》



私たちの中に、発見されることを待っている宝がある。それはどこでもない、自分の庭=自分の心の中にあり、<静かに光っている天国>なのだ。


(人や、虫や、鳥や、星が美しく思えるのは、この宝を隠しているからだな…)


そしてそう思えるのは、今の私が、掘り起こしたビー玉の光を介して、この世界を見ているからだ…


転居前、子供たちがビー玉を投げ入れてくれていた…不動産屋も知らなかったその事実に、心底“有り難い”ものを覚えながら、さらに思う。


(ムカデや、蠅や、ドクダミ軍団に気をとられるあまり…私は久しく、この光のことを忘れていたな…)


ビー玉をひとつつまんで、太陽の光に透かしてみる。透明な球体の中に輝くをみつけた私は、その夜、ハーブ枕で極上の夢を見る…


そして不思議な予感を感じて目覚めた翌朝、庭に面した窓のカーテンを開ければ…


(アッ!)


ささやかな緑の上には、一面の朝露が広がっていた。


地下から湧き出たのか、それとも天から降ってきたのか、どちらでもあるように思える、やわらかなビー玉のような球体のすべては、緑の上で、誰もが知っていて見落としている「秘密」を露わにしていた。



その時、時間は消えて、永遠があった…



尊い秘密を開示してくれた水滴は、地上に現れた一瞬の宝のように虹色の光を放ち、


oneness その光に照らされた私は、黙ってただ、そこにあるだけで、不思議な響きを持つ鐘のように揺れたのである……。






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