点描
とは、常々思っていることだが、昨今、映画もTVもゲームもバイオレンスだらけで、この時代の孤独は本当に深いのだと。(もっとも、アダムとイブの子供である、カインとアベルのしたことを思うと、時代のせいばかりともいえないな)
並行して、経営者時代の景色を思い出し、真逆の言葉だが、《笑顔の陰にも孤独あり》などと思う…。
●キュートな顔立ちのSさんは、業界大手の会社に勤務するシステムエンジニアで、高給取りだったのだろう、クラブ遊びが好きな方だった。
彼の御友人が「こんな店もあるよ」といって伴って下さったのが、今はなき“みぎわ”で、50歳直前のSさんは、お会いした早々、六本木のクラブにいたマリコについて話された。
マリコは21歳で可愛かった。服や宝石も買ってあげた。ホテル代や旅行代も含め、この1年間は湯水のように金を使った…云々。
みぎわの飲み代とはケタが違う話が続いたが、私はこの種の話は聞き慣れていたため、「ステキな子だったのね」と微笑み、ま、優等生のボンがハマった、ハシカだろう。いつかマリコと一緒にみえるかも?などと、他愛もないことを考え、まずはさらりと受け流した。
Sさんは明るかった。
いささか自慢げに語るマリコの話も、口調の軽さゆえにか、さほど嫌味でもなかった。奥様が亡くなって5年、手先が器用だという彼は、家事全般も苦ではなく、再婚話もきているけれど、もうしばらくは遊んでいたい…等々、くったくない笑顔で話された。
(つまり、あなたにとって“みぎわ”は《箸休め》っていいたいのね)
メイン・デッシュじゃなくても、それはそれ。縁があって出会った以上、私としてはいつもどおりに接し、お気に召さなければ、それまでのこと。
だが意外なことに、Sさんはその後、お友達まで連れてきてくださり、Sさんを紹介してくださった方も目を丸くする。
「へぇ…あいつ、常連になったんですか?派手な遊びが好きなヤツだったから、ここに通うのが不思議ですけど…」
私も不思議だった。横に女の子がつくわけじゃなし、常連の方々とも一線を引いて接しておられるようだし??
数ヶ月後、その疑問に答が与えられる。
珍しく遅い時間帯のことだった。Sさんが一人で来店されたが、なんだろう?妙に空気が硬くて、いつものニコニコ顔じゃない。
「あのね…実はね…」
常の日のSさんの語り口は、立て板に水だった。しかしその夜の彼は、ぽつ、ぽつ…もどかしいくらいの口調で、ひたすら言葉を選び続けたのである。
「あのね……女房の…こと…なんだけど…さ…」
構ってやれなかったという奥様は小学生時代からの同級生で、病死ではなく自殺だった。それも遺書ひとつ残さぬ縊死で、出張から帰ったSさんが第一発見者だった。
それだけいうとSさんは他に誰もいない店で大声を上げ、
「○○子!○○子!!」
亡き人の名前を呼んで号泣し、カウンターに突っ伏したのである。
私は黙って立っていた…。
一瞬、カウンターの外に出て隣りに座り、肩を撫でさすりたい気持ちにかられもしたが、その選択がよくない方向に流れることもありうると思い、結局、泣ける場所を見つけたSさんを、泣くにまかせた。
「うっうっうっう……○○子ぉ…○○子ぉぉ………」
Sさんの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていった。私がそっと出したおしぼりで、Sさんが顔をぬぐったのは、多分、午前二時。
「………すみません…」
蚊の鳴くような声だった。
その言葉が、私へのものだったのか、亡き人へのものだったのか、それとも別の何かに向かってのものだったのか、確かめようもないまま、永遠とも思える数分間が過ぎていった…。
Sさんの呼吸が、次第におちついてきた。大きく上下していた肩の揺れもおさまり、カウンターから、視線が離れた。
「………かえります…」
立ち上がったSさんが、さっきまでの顔が映ってしまったようなカウンターに、いくばくかの札を置いて店の扉を押し開けると、私も後を追って表に出る。
「Sさん!」
Sさんの足が、瞬間、とまった。
そして私は、渋谷の空にぽっかり浮かぶ月を背にして立つSさんに向かって御辞儀をし、いつもどおりの言葉を口にしたのである。
「ありがとうございました…」
小さく開いた扉の向こうに、はにかむようなSさんの顔を見たのは、それから半月後のことだった。
「いらっしゃいませ」
以前と同じように笑顔で接し、同じように、Sさんも笑って応える。しかしその笑みの向こうに、それまでとは違う、なにかしら《通う心》のようなものが生まれた……と思ったのも束の間、その日をかぎりに、Sさんが来店されることはなかった。
人づてに聞いたところによれば、Sさんは会社を退め、どこかに転居されたという…。
さらに時をへて…私は今、ぼんやり思っている…。
Sさんが新しい道に踏み出すきっかけとなったのが、あの夜だったのか?
マリコの店は、今も六本木にあるのだろうか?
Sさんに対する、マリコの役割と私の役割は違っていたはずだが、“だからこそよいのだ”と思える今、会うこともなくなってしまった方々の消息を訪ねることもなく、すっかり数が減ったという、ネオンの巷を思っている…。
●傷イルカのヨウちゃんを、海に放した。傷が目立たなくなってきて、水が恋しいのだと。
陸・海・空を知る稀少種のイルカだったが、今度、会えるとしたら川かな?
(そういえば、ヨウスコウカワイルカってのがいたな…)
と思った途端、ハタと気づく。これからは太平洋じゃなく、揚子江のヨウチャンになるのね!
であれば、どれほどの時間がかかるのかわからないけど、どんどん、どんどん川を溯り、かの国のどこかにあるという、桃源郷に辿りついてほしい。
いっしょにゆきたい気持ちもあったが……私はココロのみぎわにとどまるのみ。ヨウチャン、サヨナラ。元気でね。

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