心のままに
突然だが、うれしい情報が飛び込んできたので、深呼吸もかねて、闇との闘いは一回休。
先のアートコラムで御紹介した、中西夏之の親戚…ではないけれど、これまたステキな画家の中西良さんから、個展の御案内をいただいた。
『草木の暦カレンダー原画展』 6月26日(木)~7月1日(火)AM10時~PM7時
中西さんとの出会いは、風に導かれた
としかいいようがないのだが、ある日、我が家の近くを散歩していたら、いい味出してる古民家があって、ふらりと寄ったところ、1Fは建築家の事務所で、2Fの画廊は、個展開催中とのこと。
大昔は旧華族の別荘だったそうだが、ぎしぎし、音のする木製階段を登ってゆくと、目の前にはカランと静かな板の間があり、開け放たれた窓からの風に、並べられた掛け軸が揺れていた。
抽象、具象の枠組みを超えたそれは、四季のうつろいを描いたもののようだったが、山や川といった事物そのものではなく、折々の空気を描いているもののようでもあった。和なのに洋、洋なのに和の、エレガントな空気感があって、
(なんかいい感じ)
と思った私は、流れのまま、置いてあった冊子にある、画家のプロフィールに目をむける。
長野県生まれの彼は、芸大卒業後、イタリアのミラノにある、ブレラ美術学院に留学し、メキシコや、東京の日動画廊でも個展を開いていた人だった。
(私の方は、数日前、イタリアにいる友人がアート・クラブを立ち上げたばかりだったので)なんとはなしに響きあいを喜んでいたら、階下から登ってきた人、約一名。
ピシリとした緊張感と、端正な気配の彼を横にして、今度は、ソファの端に置いてあった文庫本が目につき、ふと手にしてしまう。
と同時に、「あ、それ僕の…」戸惑いの声をあげ、あつかましい訪問者の手から本を守ったのが、画家本人、中西良さん、その人だった。
本は白洲正子の書いた評伝、「西行」だった。(これが「全国駅弁漫遊期」だったら、展開は違っていたろう)
ほかに誰もいなかったこともあって、心のままに話しかけてみる(私は原稿の追い込み期でひどい格好だったから、中西さんは、アヤシイと思ったにちがいない。当初、すごーく慎重な間合いだった・微笑)
で、彼の作品を紹介した冊子を見ながら話しているうち、淡い紫と緑を基調にした、雨後の街のような、朦朧風の一枚が気になり、
「これ、どこの風景ですか?」と質問したところ、びっくりの返事が返ってきた。
「アッシジです」
(私の大好きなイタリアの街!)次いで、「日動画廊にも画商の友人がいたんですけど、彼、死んじゃって…」というと、今度は彼がびっくりで、「加藤さんですか!」(ややこしいけど、中西夏之の回参照)
聞けば、我が亡き友は、彼の担当だったとか(肉体は消えても、よき交わりをくれる死者たちにも感謝!)
それやこれやで、以来、中西さんとは、ゆったりペースの不思議な御縁が続いている。拙著、『現代牧師烈伝』も購入してくださったと聞き、「中西さんには、最期に書いた茶道家牧師の章がよいかも?」
と伝えたところ、茶道の、ひいては日本美にある、風雅な気配を感じてくださったのか、昨年は日動画廊で、「空気の感触」という、素晴らしい油彩の個展をもたれ、ピアニストである奥様や、お子様共々、心豊かな時をいただいた。
その時にも感じたことで、今回も感じたこと。
東西の空気を、ごく自然にまとっている彼は、今、虹の色調の中にある。
《 大丈夫。あなたにも、わたしにも、必ず祝福の虹がかけられると、約束されている 》
と書いた私だった。その一年後、取り組んでいたキリストの黙想の最終日、登った某山の頂上に虹がかかり、落涙感謝(ここに辿りつくまで長かった!)。以来、私の心の中には(様々な揺れはあっても)ずっと虹がかかっている、と思っている。
お会いした頃の作品とは、格段に澄んで明るい色調にある中西ワールドを見ることは、私にとってうれしく、今回、「水際」(みぎわ)というタイトルの作品もみつけて、にっこり(勝手に喜ぶ。中西さん、ありがとう!)
普通、水際と聞いて思い浮かべるのはブルーだが、今作は(菖蒲、アヤメ、杜若?花が燃える松明のよう)尾形光琳や琳派のそれとは違う、深くて軽い、紫の水際!
実物を見たわけではないから、決めつけたくないが、今の私の中にあるものが、中西さんを通じて引き出されたのだと思っている。
イマジネーションを活性化させてくれるものは、すべからく感謝で、
そう…魂の深いレベルの自分とアクセスできれば、変化する一生も、このカレンダーみたいなものかもね…などとつぶやきながら、敬愛する友に向かって、ささやかなエールを送るのでした。
※肝心の開催場所を以下に。今回はエラク遠くて、御当地在、もしくは、出張その他で行かれる方限定の御案内です。
【ギャラリーかわにし】愛媛県西条市大町1639-2 ℡(0897)55-5768











