新井登美子の軌跡
・曽祖父の代からの茶業会社倒産。父死去。
・思春期からの十年間、摂食障害になる。
・都内のデザイン学校卒業後、児童劇団、書店等で働く。
・詩を書きはじめる。静岡市の文芸サロンで、 カトリック作家の(故)小川国夫氏と会う。
・イタリア旅行をへて、20代の四年間、病人介護専門の“付添婦”として働く。
・支えてくれた郷里の教会牧師が倒れ、最重度の障害者になる。
・渋谷のバーで働きはじめる。
・処女作【燃える髪風にはためき】(ゆみる出版)刊。
・同作を、漫画家の(故)手塚治虫氏に贈呈。葉書拝領後、遭遇度々で、励まされる。
・電気トランペッターの近藤等則氏と出会い、ライブで踊り始める。(この頃、チベット仏教に興味をもつ)
・ピースボート乗船。上海、南京旅行。
・《渋谷あやこ》のゲンジ名&筆名で、朝日新聞紙上でコラムを一年間連載。
・同コラムと同タイトルのエッセイ集、【カラーに口紅】(朝日出版社)刊。
・ノンフィクション作家の本田靖春氏、黒田清氏(共に故人)他、多くのジャーナリストとの交流をもつ。
・新体道(武道)の稽古をはじめる。
・処女作が【いくつもの死をみつめて】と改題され(朝日文庫)に収録される。
・渋谷のバーが閉店。銀座のバーで働きはじめる。
・友人画商が、敬愛する画家、中西夏之氏と 来店。
・【ひろさちやが聞く新約聖書】(鈴木出版)で、荒井献氏との対談をまとめる。
・フィリピン旅行。ピナツボ火山、爆発後の被災地や、スモーキーマウンテンにゆく。
・カトリックの井上洋治神父の導きで、フランス、イスラエル旅行。
・群馬の星野富弘美術館からの帰路、田んぼの脇道で、星野氏、本人に出会う。
・“光の舞踏家”大野一雄氏の稽古を受ける。
・各方面に寄付を募り、103名の方々の支援を得て、渋谷にバー【みぎわ】開店。(店名は、聖書の詩篇23の引用で、水辺の意)経営者になる。
・月刊『みぎわ新聞』(手書き)発行。wb上で『週刊みぎわ』連載。
・郷里の母に癌がみつかり、以後、五年間の遠距離看護付き経営をへて、帰天。同年、立ち退きをうけ、七年間の経営を終える。
・イタリアのアッシジ、長崎、五島列島旅行。
・【現代牧師烈伝】(教文館)刊。
・現在にいたる。
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