しんりのルーペ(3)
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スマトラ沖の津波から、今回の中国地震まで、カタストロフィといいたいような、大災害が続いている。手抜き工事や、管理体制の甘さゆえの被害ともいわれているが、我が友人には、鳥インフルエンザの怖さを語ってくれた人もいて、どこまで続く……という昨今の状況下、被災者の救援が進むよう祈りつつ、
かねてより予告していた、私の「絵物語」をupすることにした。
ブログには載せなかったけれど、
私の処女作は、実は『絵本』である。
太古の昔、友人たちと一緒にアニメーションをつくっていたこともあり、
(歌麿の女を動かしたくなり、鉛筆描きの絵を8ミリで撮ったアニメのタイトルは“日の出屋の後家”!だった)
いたずら描きが大好きな私は、店の営業中に発行していた新聞にも、イラストを描きまくっていたのだが、
何もかも疲れて、マル投げした後、絵も字も、なーんも見たくない状態が続いていて…
ふとしたはずみで、色鉛筆を手にしたのが、半年前。心に浮かぶあれこれを描きはじめたところ、処女作以来、二作目の絵物語ができてしまった。
(かわいい!)
親バカ丸出しではあるが、ブログをはじめた直接の動機も(みんなにこれを見せたい!)という気持ちからだった。(ちなみにブログ内で遊ぶ子供の絵は、私が描いたもの)
というわけで、今日から毎日1pづつ、本邦初公開の作品をupさせていただくことにした。
「えー!」どこからか、プロ絵描きの友の声が聞こえたような…(Rさん、ごめんね。個展にあわせて情報を載せるから)
そうそうたる皆さんを差し置いて御紹介する我が絵は、断っておくが、タッチも、色目も安定していない、幼稚園・花組さんが描いたような、へたっぴな絵である。
さすがの私も、あまりに厚かましいとタメラッテいたのだが、世界の闇に対抗できるのはpureな子供の心、なぁんて思ったり、先のウェスト先生の、「勇気をだせ!」にも励まされたりで(微笑)シンゾー強化で、行くことにした。
全部で17pあるので、月内毎日up(明日から絵の外の文章はなし)ゴールで待っていてくださるもよし、日々伴走してくださるもよし、このご時勢に…と白い目で見られ、ゴールにいったら一人ぼっち…ということもありうるけれど…ま、動画時代のネット紙芝居を、御笑覧いただければ幸いである。
※本作は、友人の海野佳子さんの助力なしには、できなかった。事務所の大型スキャナーをお借りした上、「使っていないから、あげるわ」ブログ必需品の、A4スキャナーまで、いただいたのである。佳子さん、ありがとう!
また、お忙しい中、作品内の1Pの色補正や、繋ぎを手伝ってくださった岩田学さんにも、心からの感謝を。店時代、HPの一室を貸していただいたことにはじまり、メカ音痴の私には、今もって心強い助っ人であり、奥様共々、親しくさせていただいている由縁である。
他、本作をきっかけに、“絵本の読み聞かせ”もはじめてしまった私だが、各地の図書館で、読み聞かせの会をやっておられる方々や、私の「お話会」につきあってくれた友人や、子供たちにも感謝してやまない。
「お前って本当に節操ないよなぁ~」外野からの声が、またまた聞こえてきたような…。うん、私って、あれこれ手を出してばかりの、ふらふらよね。
でも、文章も、絵物語も、看護も、店のカウンターも、とどのつまりは相手とのキャッチボール。毎回のマウンドで、時に「くせ球」を投げる私ではあるけれど、痣だらけになりながらも(!)おもしろがってくださった方々に、今日もありがとうをいって、まずは表紙だけup!
なにがはじまるかな?みんな、静かに聞いていてね。♪これからはじまるお話会~
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ミャンマーやチベットを気にしつつ、先週末、次作の関連取材で所沢へ。帰路、青山学院大学主催の対談を聞くため、築地の朝日新聞社内にある、【浜離宮ホール】に行ってきた。
5月9日夕刻。登壇したのは、宗教哲学を専門とするプリンストン大学のコーネル・ウェスト教授と、各方面で活躍中の政治学者、東京大学教授の姜尚中のお二人で、対談のタイトルは《 異なるものとの共生 》
※思えば我が人生、青山学院との御縁は深く、渋谷で店を営業していた頃は、短大国文科や英文科の先生方をはじめ、事務局の方も、多々、御来店いただいた。二度にわたった出版記念会や、開店一周年記念パーティも、附属の『アイビーホール』を使わせていただき、今回のチケット入手も、学院学生課の西川豊さんの御助力あってのことだった。青山の皆さん、ありがとう!
加えて、今回の会場の総支配人は、長年の友人でもあり、うれしいビンゴに押されて出向いたところ…素晴らしい対談に感動!
冒頭、ウェスト氏は、たたみかけるような調子でいった。
「勇気が必要だ!すべては勇気をもって、物事を批判的に見ることからはじまる!」
聴衆すべてを煽るようなリズムの語りは続いてゆき、
「人生には痛みがつきものだが、個人においてもそうであるように、国においても、自身の最も深い、闇の部分を見つめる勇気が必要だ。アメリカでは、先住民に、黒人に、ヒスパニック系に、性的に、階層的に差別されている人たちに対して、どのように関わってきたか。皆が避けて通ろうとするその闇を見つめないかぎり、人も国も、同じ過ちを繰り返すだろう。日本では、アイヌに、沖縄に、在日に対して、どう関わってきたのか」
photo by Hiroshi Nirei↓
ベストセラーを多々上梓している彼は、マルチな才人らしく、ラップのCDも発売しているとのこと。スーパー・ラッパーの口調に気おされてか、常とは違うトーンで姜氏が応えた。
「ウェスト氏は、限定的な範囲のナショナリズムと、普遍的なものを同時に追い求めている方のように思うが、
率直にものをいうことの大切さも、知らされた。これまで自分は婉曲にいわざるをえないと思っていたが、まわりくどい言い方はもうやめようという気持ちになっている」
次いで、
「イギリスから独立したアメリカはrevolution(革命)を、日本は近代化に移行する際、restoration(維新)というゆるやかな変化を経験しているが、無血移行のほうが望ましい」
という認識のもと、
「世界に大きな影響を与えている日米両国は、今、民主主義を活性化させるためのエネルギーが、停滞しているようにみえる」
と述べ、日本の秩序は『天皇制』の下で保たれていると発言したところ、ウェスト氏が刺激的な切り返しをした。
「アメリカに天皇はいないが、巨大な軍事パワーに対抗する、ピープルズ・パワーが働いている。中でもブルースマンやジャズマンといったアーティストの働きは重要で、ルイ・アームストロングや、BB・キング、ジョン・コルトレーンや、スティービー・ワンダーらは、単なるエンターティメントではなく、迫害の歴史を昇華した、民主主義の守り手たちだ」
加えてロシアの作家、チェーホフの名前もあげて、
「『桜の園』や『三姉妹』にもあるように、ごく普通の人達の暮らしにみる、忍耐や痛みへの共感を持つことも重要だ」と述べ、
民主主義をcultural way of being と定義づける彼は、アイデンティテイとは、たえず構成してゆくものであるといい、何より、国より先にヒューマニティがあると言い切った。
アメリカで公民権運動を率いた、キング牧師が暗殺された時、彼は10歳だったとか。
「クリスチャンでもある自分は、どの国の旗の下にあるかということより、“愛”の下にある」さらには、
「アメリカ人の方がイラク人より偉いとか、ガテマラ人より偉いとか、エチオピア人より偉いとかいう考え方もあるが、自分はヒューマニティを無視する主義を持ち上げようとする考え方に、反感を覚える」といい、9.11以降についても語りはじめ、

「アメリカでは、今、不安が募っている。テロにやられるのではないか、迫害にあうのではないかと。しかし黒人は400年間、アメリカ社会で同じような思いを経験し、黒人版のアルカイダも、KKKもつくらなかった」
尊い念押しのような言葉はさらに続いてゆき、
「傷つけられたから傷つけるのではなく、ヒーラー(癒し手)になれ。痛みを経験したことで何を学んだのか」
「イミテーション的生き方は、自殺行為だ、クリエーションが必要だ」
等々、学者というより、アーティストといいたい彼の勢いはとどまるところを知らず、当初は長いと思った二時間半が、あっという間に経過する!
で、このところ…前頭葉が割れっぱなしの感ある私は…当代の知識人二人を前にして、超僭越ながら、思ってしまったのだ(私が辿ってきた道は…時に愚かで、ぐちゃぐちゃだったけど…方向性は間違っていない!)
思えば我が喜びは、現実社会の真只中で、与えられてきたものだった。そして、パンに飢える者に対してはパンを与え、パンにおごっている者に対しては、【人はパンのみに生きるにあらず】といって看破した、スーパー・パンクのキリストも、現実の真只中で生き、十字架を通して愛を示したのだ。であれば…などと思っていたら、
質疑応答の時間、滞米経験の長い日本人の僧侶から、「同じもののほうが楽という気持ちになりがちだが、違うものを楽しめるようになるためには、どうしたらいいのか」という声があがった。
ウェスト氏いわく、「同じと違うは、車の両輪のように不可分だ。違うことを語るためには、同じ部分を知らなくてはならず、逆もある。その両方を受け入れるためには、禅の瞑想も有効だろう」
姜氏いわく、「ナチスも然りだが、同じものだけ尊ぶ思想は危険だ。生物学的にはどうかわからないが、人間は他者を必要とするようにつくられているのでは。同じものだけが集まると、互いに食い合ってしまうのかも」
ラストは全員立ち上がり、ウェスト氏の野太い声のリードで♪We shall over come~を歌ってお開きに。
直後、私の隣りにいた大学生(?)二人の会話に、思わず微笑。
「俺、姜尚中、好きだな」「俺も。二人の話は全然わかんなかったけど」「うん、けど、なんかうれしいよな」
その後、浜離宮ホールを仕切る我が友、濱吉正純さんこと、通称「ハマちゃん」と合流し、ホール運営や、アーティストの役割等について、熱く語りあう。
※ハマちゃんは、学芸部時代、堂々の記事も書いていた人だが、今はパフォーマンスの季節らしく、名刺の裏には↑こんなイラストもあり(!)オリジナル人生を楽しむ、シンプル・ハートフルなナイスガイにも感謝で、see you again !
他にも御紹介したい方や、書きたいことは山ほどあり、追々、アップしてゆく予定ではあるけれど…心の水位をあげてきたオネーサンは、今回の対談効果もあって、ほんちゃん勝負の原稿に向かって、火がついたような。夏が山…などとつぶやきながら、❤マークの鉢巻を、またぞろ締め直したのでした。
※お知らせ。アップ後の記事に手を入れること度々で、工事中の、お見苦しいシーンを目撃された方もおられるかと。ブログは“瞬時”が命だけど、再チェックしてくださると、なおうれし。もろもろ御容赦で、ごめんなさい。次回からは、変則テーマで変則アップとなりそうですが、今後とも、よろしくね!
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あらゆるところに“愛”があふれている。街、新聞、TV、ラジオ、ネット、いたるところで語られ、追い求められているのが「愛」なのだが、誰もが知っている(つもりの)愛とは何か、説明してといわれたら…
そもそも、人間にとって重要なこの概念を、「愛」という、一言の日本語に押し込めてしまったことに、無理があるのではないだろうか。
ちなみに、ギリシャ語では、愛には三つある。
・フィリア(友愛)・エロス(性愛)・アガペー(至高の愛)
うち、エロスを《 美との一致の願望 》といわれた方もいるが、それはともかく、わが国ではこの三つがごたまぜになり、もっぱら、エロスについてだけ語られているような…
もちろん、私はエロスを否定するものではない。私たちに様々な喜びをもたらすそれは、創造の神秘と繋がる尊いエナジーであり、あらゆる創作に欠くことのできない、活力でもあるからだ。
たとえば鮭の産卵や、動物の交尾、ミツバチによる受粉や、彼方を泳ぐ雌を慕って歌う、ザトウクジラの声…それらを見たり、聞いたりする時、内なるエロスが共振し、おのずと歌が生まれてくる。
本来、エロスは、よきものといえるだろう。(これを否定してかかると、様々な捩れが生まれてくる。老人でも聖職者でも人間である以上、その情動はあり、否定は人間否定となり、苦悩が生ずる)
だが、このよきものも、エゴ(自我)の支配下に入ってしまうと、私たちは、いとも簡単に誤用してしまう。
私も含めた多くの人は、日々、様々な思い込み(投影)によって自他を値踏みし、見えない檻の中に自身を閉じ込め、与えられた今という時を、苦いものにしてしまう。
相手を“所有”したいと熱望していたのに、所有した途端、興味を失ってしまう人もいる。互いを解放しあうことを願うのではなく、自分を喜ばせる“道具”とみたて、相手を支配する喜びにかられる人もいる。
自身の苦悩の原因を、とりまく環境や人のせいにする人もいる。貧困や病気や災害等、環境にも大きな要因があることは確かだが、ようは与えられた環境をどう見るかで、選んだ伴侶に不満を言い続ける人もいれば、重度障害を持つようになった伴侶を介護する、輝くような笑顔の人もいる。
そして愚かな道を辿る途上、「愛の放浪者」や「愛の実践者」を山と見てきた私は、次第に思うようになったのだ。
たとえば、
「君の目ってステキだね」
彼氏から、こういわれてうれしいのは当然だが、と見ている彼の目は、自分もそうであるように、変わりやすい目でもある。あてにならない目に自身の存在価値をゆだねてしまえば、日々牢獄だが、アガペーの中に生かされている自分を知った上で、その目を楽しむことができれば、こんなに楽で、強いことはないだろう。
私の場合、《絶対愛》は、様々な人との出会いを通して、キリストからやってきた。
人からの評価を超えた絶対価値が与えられたことで、捕らわれから自由になり、状況の如何を越えて、湧き続ける泉のような、喜びを覚えるようにもなってきた。
もちろん、私も人間である以上、今後も、的外れな投影をして、落ち込むことはあるだろう。衰えてゆく体や能力を知るにつけ、ふさぎこむこともあるだろう。しかしその時でも、共にいるキリストが、断言してくれている。
わたしの目に、あなたは高価で尊い。イザヤ書43-4
私たちは、本来、神の傑作。そのことを繰り返し味わいながら歩き続けることで、次第に透明になり、いつしか、空っぽの管となって、神の息吹によるところの、風を通すものに変えられてゆくのである。
というわけで、我が定義を以下に記せば、
愛は何処にもある永久不滅のふいご。ねだるものではなく、見出し、かつ、与えられるものであり、与えられた愛は、それぞれの個性を通して流出し、喜びの波紋をさらに広げてゆく、世にあって尊い宝なのである。
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突然だが、
私の大好きな画家について、少しだけ語らせていただこう。
現在に至るまで、
素晴らしい作品を発表し続け、
内外にその名を知られる抽象画家こと、
中西夏之の存在を教えてくれたのは、
今は亡き我が友、銀座の日動画廊に勤務しておられ、我が処女作の出版記念パーティでは、司会もしてくださった画商の、加藤聖史さんだった。(ウッデイ・アレンに似ていた・合掌)
古今の名作を山と見てきた目利きの彼が、中西の名を連呼したのは、確か、新宿ゴールデン街にあった名店、“ナジャ”。
で、そんなにいうなら…と作品展に出かけたところ、驚天動地!
対峙した瞬間、高貴なる雷に直撃されたような喜びが押し寄せてきて、あぁぁぁ、世の中にこんな作品があったなんて!と、全身打ち震えたのが、80年代の傑作、
紫・むらさき(227・0×181.5cm)シリーズを前にした時のことだった。
一作しか御紹介できないのは、もどがしい限りだが、(ミクロにもマクロにも通じる中西世界は、連続する今に開き続ける大河にも似て、ほとんどが連作)ブログの狭いスペースでも、その迫力において、色彩において、重層性において、運動性において、響くものを感じていただけたらと、精一杯のトライ。
人は知らず、私は中西作品を前にすると、バリバリバリバリッ、前頭葉がパカッと割れて、充電完了!ってな気分になってしまう。
中西はさらに白や、黄緑や、オレンジも使って、様々な世界を展開し続けるのだが…
その先生が、なんと、今、新作展を開催中。
《 渋谷区立松涛美術館 ~5月25日まで 》入館料・300円!!
近年は、より広く、穏やかな風が吹いているようだが、今回の展示では、制作ノートに添えられた難解、かつ詩的な言葉も魅力のひとつで、
傍らの河の流れを感じながら、ちょうど、瞬間、瞬間の愛が連なって人生を形どってゆくのを感じながら、人生が瞬時に現れる愛を時間の接合力とするのを感じながら、河に沿って歩いているとしよう…
画家は、カンヴァスの中に時間を、いや、ことによると、一切の意味性を剥奪した、永遠を描こうとしているのではと…
なんていう難しい話はさておき、二階の展示室では、作品を前にしてコーヒーも飲めるという贅沢ぶり。カフェイン+ドーパミンの放出で酔った私は、パワーアップでやってます。
人様のブログで恐縮ですが、以下に詳細を。一味違ったGWを味わいたい方は、ぜひ、どうぞ。
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ブログ開設と同時に、尊くうれしい仕事が飛び込んできた。先の記事とも響きあう依頼で、秋口までは本職(?)に追われる身となり、GW返上で、資料読みをはじめた。
だから…というわけでもないけれど、折々のおしゃべりの間、我が愛読書を、ジャンル別に、少しづつ、紹介することにした。
「俺の好きな本と、二冊かぶってる」とか、「このテのものが好きってことは…」とか、活字中毒者の過去を、自由に想像していただければ幸いである。
近年、小説を読む機会が減って、かなり偏向ぎみ…けど…ま…絞りに絞って、いってみよう!
★小説《海外編》
・「百年の孤独」(G・マルケス著 新潮社)・「エレンディラ」( 〃 ちくま文庫)
・「パンタレオン大尉と女たち」(Ⅴ・リョサ著 新潮社)・「緑の家」(〃)
・「カラマーゾフの兄弟 全五巻」(ドストエフスキー著 中公文庫/光文社文庫)
・「罪と罰」( 〃 新潮社)
・「ドン・キホーテ 全六巻」(セルバンテス著 岩波文庫)
・「メルヒェン」(ヘッセ著 岩波文庫)
・「阿Q正伝」(魯迅著 岩波文庫)
・「炎の砦マサダ」(アーネスト・K・ガン著 早川書房)
・「修道士カドフェルシリーズ 全20巻 教養文庫)
・「ホワイト・ティース」(ゼイディー・スミス著 新潮社)
・「停電の夜に」(ジュンパ・ラヒリ著 新潮社)
・「ソロモン王の絨毯」(バーバラ・ヴァイン著 角川文庫)
・「廃墟の歌声」(ジェラルド・カーシュ著 晶文社)
・「リプレイ」(ケン・グリムウッド著 新潮文庫)
・「奇跡」(書物の王国シリーズ⑮ 国書刊行会)
・「絶対子工場」(カレル・チャペック著 木魂舎)
・「山椒魚戦争」( 〃 創元推理文庫)
・「猫とともに去りぬ」(ロダーリ著 光文社)
ku-kan shori
madahetade
gomenne !
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先のプロフィールを打ちながら、“軌跡”を“奇跡”としたい気持ちにかられてならなかった。
よくぞここまで生きてきた。いや、生かされてきたというべきだが、もーダメだ、もーダメだと思いながら進んでゆくうち、徐々に視野が開け、なんとかやってこれたというのが、正直なところである。
過ぎてきた景色のいくつかについては、先々、短編形式でお伝えする予定だが、新しいアドベンチャー・ロードを走る前に、まず、お世話になった方々に、感謝をいわせていただきたい。
最初に、“付添婦”時代、過酷な現場でよくしてくれた、同業者のおばちゃんたちに、ありがとう。
死にゆく人たちを看取る現場で、「ねえちゃん、がんばりな」といって、リンゴをくれた八王子のおばちゃん、銭湯で背中を流しあった群馬のおばちゃん、「おしめ」を「おつめ」としか発音できなかった、超やさしい宮城おばちゃん他、みんなとのサバイバルなしに、今の私はありえなかった。
また、渋谷の夜のバイト時代から、ずっと支えてくれている人たちに、ありがとう。みんなとの泣き笑いを通して、血縁を越えた家族を持つことができたと思っている。おかげで、聖書を知るずっと前から、“隣人”ってなんなのか、わかっていた気がする。ありがとう。
昼の部の仕事を通して出会った編集者や、ジャーナリストの皆さんにも、感謝をいいたい。特に今、海外におられる方たちに、アメリカ、イギリス、エジプト、中国、タイ、イタリアから、
「ブログ見たよ」の言葉をくださったみなさんの、尊いルポや裏話は、私の隣人意識と、文章表現の可能性を広げてくれました。
加えて、芸術を愛する方々へ。芸術は、本来、創造の源と直結する火花であり、活力である。疲れ果てていた時、ハッとするほど美しいものや、輝くものと出会い続けてきたことで、立ち上がり、進むことができたと思っている。命の喜びを吹き込んでくれた多くのアーティストや、つきあってくれた友に感謝してやまない。
店に来てくださったお客様たちにも、もちろん、感謝を。慰めの時を分かち合い、様々な情報を提供していただき、沢山のボトルを入れていただいたおかげで、店の家賃や女の子たちのバイト代を払い、母の看護をすることができました。ありがとう。
取材先で、あるいは様々な場所で出会った、聖職者やクリスチャン諸氏へ。多くの牧師や神父をはじめ、皆さんに祈っていただいたことを、感謝しています。いや、それどころか、来店してくださった宮司や僧侶、神学者や、宗教学者や、文芸評論家のみなさんにも、宗派や教派や学閥を越えて、お心使いをいただき、感謝してやみません。
その上で、僭越ながら、いわせていただきます。
家族同士や、子供同士が殺しあう時代、また、練炭や硫化水素による自殺が相次ぎ、咲いた花が切り取られるこの時代にあって、共になすべき「何か」があるのでは?
小さなロウソクでも闇を照らす。ロウソクの大きさは問題じゃない。ささやかでもいい。この時代に対して、「有効な何か」ができるはずだ。私がその道に導かれたのは、多分、みなさんと同じように、無意識のうちであれ、《真理による自他の解放》を求めてのことだったのだから。
ブログを開いた理由のひとつに、この「何か」をクリアにしたい気持ちがあったことを、明示しておきたい。
さらには、病気療養中の方々に。休む時、働く時、すべてはふさわしく与えられるものだが、私もそうだったように、病気の時は逆らわず、止まることで見えてくるものを大事にし、十分休んでください。回復に向かう病床に、日々の慰めがあるよう、祈っています。
他、とりまく自然に。窓辺にくる雀や、テントウ虫、輝く海や、山の端に沈む月にも感謝…などと並べたてていたら、どこからか「うるせー、飲み屋の女ごときが何いってやがる」なんて声も聴こえてきた。
それをいうなら「もと」飲み屋といってほしい。とういより、「もと」であれ「現」であれ、その職業に対して、あなたがなぜ《ごとき》なんて言葉を使うのか、よーく考えてほしい。
私も自他の心の動きを、とことんみてきた人間だから、それなりにわかるつもりだ。妬み、嫉み、憧れ、軽蔑、つまり恐れという闇は、本来、人の心の中にあるのだと。
そして解放とは、この恐れを手放すことで、手放すことができた途端、大いなる感謝や、希望や、平安といった、本来、人の心の中にある光が、現れてくるのだと。
ま、早い話が、私は、いろんな方の背を借りて跳んでゆく、《交代ジャンプ》がしたいのだ。リズムは人それぞれ。休み休みでも、問題なし。跳ぶたびに互いが明るくなってゆくはずの、あのジャンプを、どこまでもどこまでも、やろうとしているのだ。
以下は某牧師がくれた、私への言葉。
「あなたって狂っているねぇ、でも、いい狂い方だねぇ」
その言葉だけを勲章にして、フワッと、あるいはヨロッと、またまたのジャンプを試みるのである。
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・曽祖父の代からの茶業会社倒産。父死去。
・思春期からの十年間、摂食障害になる。
・都内のデザイン学校卒業後、児童劇団、書店等で働く。
・詩を書きはじめる。静岡市の文芸サロンで、 カトリック作家の(故)小川国夫氏と会う。
・イタリア旅行をへて、20代の四年間、病人介護専門の“付添婦”として働く。
・支えてくれた郷里の教会牧師が倒れ、最重度の障害者になる。
・渋谷のバーで働きはじめる。
・処女作【燃える髪風にはためき】(ゆみる出版)刊。
・同作を、漫画家の(故)手塚治虫氏に贈呈。葉書拝領後、遭遇度々で、励まされる。
・電気トランペッターの近藤等則氏と出会い、ライブで踊り始める。(この頃、チベット仏教に興味をもつ)
・ピースボート乗船。上海、南京旅行。
・《渋谷あやこ》のゲンジ名&筆名で、朝日新聞紙上でコラムを一年間連載。
・同コラムと同タイトルのエッセイ集、【カラーに口紅】(朝日出版社)刊。
・ノンフィクション作家の本田靖春氏、黒田清氏(共に故人)他、多くのジャーナリストとの交流をもつ。
・新体道(武道)の稽古をはじめる。
・処女作が【いくつもの死をみつめて】と改題され(朝日文庫)に収録される。
・渋谷のバーが閉店。銀座のバーで働きはじめる。
・友人画商が、敬愛する画家、中西夏之氏と 来店。
・【ひろさちやが聞く新約聖書】(鈴木出版)で、荒井献氏との対談をまとめる。
・フィリピン旅行。ピナツボ火山、爆発後の被災地や、スモーキーマウンテンにゆく。
・カトリックの井上洋治神父の導きで、フランス、イスラエル旅行。
・群馬の星野富弘美術館からの帰路、田んぼの脇道で、星野氏、本人に出会う。
・“光の舞踏家”大野一雄氏の稽古を受ける。
・各方面に寄付を募り、103名の方々の支援を得て、渋谷にバー【みぎわ】開店。(店名は、聖書の詩篇23の引用で、水辺の意)経営者になる。
・月刊『みぎわ新聞』(手書き)発行。wb上で『週刊みぎわ』連載。
・郷里の母に癌がみつかり、以後、五年間の遠距離看護付き経営をへて、帰天。同年、立ち退きをうけ、七年間の経営を終える。
・イタリアのアッシジ、長崎、五島列島旅行。
・【現代牧師烈伝】(教文館)刊。
・現在にいたる。
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